南相馬市の勝縁寺さん
9月14日〜16日、坊守が教区内の坊守お二人と宮城、福島の被災地へボランティアに行ってきました。仙台空港からレンタカーを借り、名取市の明観寺さんへ。地震による大きな被害があり、現在修復工事中でした。その後、仙台別院でボランティアセンターの活動状況について視察。15日は、元教諭の坊守さんのご縁で石巻市の雄勝中学校と津波により、ほとんどの児童、教職員が亡くなられた大川小学校跡を訪れてきました。その後、南相馬市の鹿島区にある勝縁寺さんを訪問。このお寺は、天明の大飢饉により、高岡市下麻生の最円寺さんの7代前の住職の弟さんが、門徒さんたちを連れて相馬藩に入植したときに建立したお寺で、約200年の歴史があります。地震による被害と福島第一原発から30キロという距離に位置するため、門徒さんたちがバラバラになっている現実があります。相馬組には、10ヶ寺の本願寺派の寺院がありますが、そのうちの7ヶ寺が原発事故の影響で避難されています。すべての寺院が砺波地方を中心とする北陸からの真宗門徒によって支えられてきたという歴史があり、みなさん初代が北陸出身であることを聞いております。事故が収束しない中、長期的な支援が必要です。ご住職は、お米が必要だと仰っていたようです。
16日は、名取市の美田園第2仮設住宅に傾聴ボランティアに伺いました。コミュニティ広場で男性の参加がなかったようですが、女性が非常に明るく元気にお話ししておられたようです。必要とされる支援活動は多岐にわたり、被災された方々の声からできることをさせていただきたいと思います。
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スイス・信楽寺のデュコール師の発表
9月8日〜11日、ヨーロッパ各国(ドイツ、フランス、イギリス、スイス、ポーランド、オランダ、ルーマニア、ベルギー)から、36名の念仏者が親鸞聖人750回大遠忌法要への参拝のため来日されました。二年に一度、ヨーロッパ各地を巡回し、ヨーロッパ真宗会議という行事が開催されています。今回は、その会議が大遠忌法要をご縁に特別に京都で行われました。彼らを30年にわたり支援している法人、「国際仏教文化協会」(IABC)がホストになって開催されたのですが、顧問の前住職、そして研究員の若院もスタッフとしてお手伝いしてきました。
会場は、龍谷大学のセミナーハウス「ともいき荘」で、8日、9日の両日にわたってヨーロッパの皆さんからさまざまな発表を聞かせていただきました。宗教的な求めの中からお念仏の教えに出遇われた方々とお話をしていると、本願のはたらきの不思議を感じます。先祖代々、浄土真宗だからこの教えに生きているのではなく、自らのよりどころとして選ばれたよろこびがそこにあるのです。
スイスから来られた門徒さんが仰っていました。「いろいろな教えを聞いて実践してみて、それぞれにすばらしい所があることを知ったけれど、自分がありのまま救われていくお念仏の教えがわたしにとってぴったりだとわかったのです。京都にくることが出来て本当にうれしい。」と。
来年は、ドイツ・デュッセルドルフにて開催予定です。
パネルディスカッション
富山市民プラザにて、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山が主催のハンセン病訴訟勝訴10周年記念シンポジウムが開催され、出席してきました。今年は、ハンセン病違憲国家賠償訴訟の熊本地裁判決(2001年5月11日)での国の違憲判決が出されてからちょうど10年を迎えました。1907年から96年間にもわたって、ハンセン病を患った皆さんを苦しめ続けた国の強制隔離政策が、憲法に違反するものであったと国の過ちを認め、国は控訴断念した日本の司法史においても異例の判決でした。
ゲストはこの訴訟の原告団のお一人、沖縄の愛楽園から金城幸子さん。そして弁護団の代表のお一人、大分の徳田靖之さんでした。それぞれが、この国家賠償訴訟の経緯や体験談などをおはなしされ、あの判決の意味や残された課題などをお聞きしました。金城さんは、これからは、ハンセン病問題に特化した理解ではなく、他の人権問題とのつながりをもつネットワークの必要性を強調しておられました。そして、若い世代に語り継いでいくことの大切さを熱っぽく沖縄弁で語られました。
徳田弁護士は、あの判決で負けていたら、自らいのちを断とうと決めておられた回復者のエピソードを紹介され、原告のみなさんにとっては、それほど重い意味をもつ裁判であったことを受け止めきれていただろうかと自問してたことを紹介しておられました。そして司法が果たして来た責任を問い続けていく必要性を課題としてあげられ、勝訴判決という事実だけでは解決できない多くの問題があることを再認識しました。お話は、これからおこるであろう空前の原発事故に関する訴訟に、このハンセン病訴訟の判決が関係してくるのではないかとのご発言もうかがえました。
「いのちを踏みにじることを繰り返してはならない」という視点に立って戦うことの意味を教えていただきました。
大勢の参加者とともに
中田保育園の納涼祭・盆踊りが開催されました。昨夜のゲリラ豪雨とうってかわって、夏の終を知らせるような涼しい風とともに今日の日がやってきました。園児たちは今日に向けて練習を重ね、お父さん、お母さんたちとともに元気一杯に踊りました。
一昔前までは、中田地区の踊り愛好家のみなさんが集い、大人の部の盆踊りもありました。謡や楽器の生演奏もあり、暑い夏の夜空を突き抜けるような声とダイナミックな踊りの姿がいまでも目に浮かびます。
海外では、Bon Dance といって、日本人以上に現地の人が毎年、真剣に踊りつづけている行事として定着しています。盆踊りは、仏によって救われる歓び、歓喜の心をあらわしたものと言われています。
人間としていのちをいただいている歓びと仏の教えに出会えた歓びを感じる時にしたいものですね。
炎天下の中お墓を荘厳する花たち
遠近各地よりお墓参りにようこそのお参りでした。この時期にしかお会いできない方々のお顔を拝していると、あたりまえに一年が過ぎたのではなく、無数のご縁がお互いを支えてくださって、またお会いできたのだなあと思いました。前坊守との別れを通してお悔やみのお言葉が心にしみいるお盆でした。
お盆の語源は、インドの言葉で「ウランバーナ」といい、音訳されたのが「盂蘭盆」。それを省略して「お盆」となったのです。その意味は、逆さまにつり下げられた苦しみを表し、お釈迦様の有名なお弟子、神通力第一の目蓮尊者が苦しみ多い餓鬼道に生まれ落ちた母親を供養することで救うという逸話に基づいています。
真宗の教えでは、お念仏に生きた人々を浄土に生まれた諸仏として仰いでいく考え方から、亡き人への供養よりも、今生きている私達自身が真実の道を聞き開いていく生き方の方を大切と考えますので、真宗門徒さんの多い富山では、他の地域と比べてお盆の行事を重要視しない傾向があります。ただ、法事以外で家族そろってお参りする機会というのは、お盆がいちばんという現状もあり、難しいものだと毎年考えさせられます。みなさんは、お盆をどのように受け止めてお参りされていますか。