永代経法要
7月6日(水)〜9日(土)の四日間、永代経法要が勤修されています。前坊守との別離の悲しみの中ではありますが、このようなときこそ、これまでお聞かせにあずかっていた仏法の真実性と私の凡夫性が明らかになってきます。二日間は、奥野寛暢師(富山教区)で、『観無量寿経』のなかの「心想羸劣」について、「宿業」について、雪山偈についてなど私たちの迷いの実体をあぶり出すお話に聞き入った二日間でした。明日は、寺西良夫師(氷見市)です。先往かれたご先祖のご縁を大切にお参り致しましょう。
7月6日(水)〜9日(土)の四日間、永代経法要が勤修されています。前坊守との別離の悲しみの中ではありますが、このようなときこそ、これまでお聞かせにあずかっていた仏法の真実性と私の凡夫性が明らかになってきます。二日間は、奥野寛暢師(富山教区)で、『観無量寿経』のなかの「心想羸劣」について、「宿業」について、雪山偈についてなど私たちの迷いの実体をあぶり出すお話に聞き入った二日間でした。明日は、寺西良夫師(氷見市)です。先往かれたご先祖のご縁を大切にお参り致しましょう。
永代経法要が始まりました。午後の座では、青年僧侶の皆さんによる「広文類作法」が勤まりました。これは、10月17日(日)の特別永代経法要でお勤まりになる作法で、親鸞聖人の書かれた主著『教行信証』の総序(はじめの御文)をいただく内容です。そのリハーサルをかねて暑い中、出勤していただきました。
講師は奥野寛暢師です。「私の歩む道」と題し、お話いただきました。相撲界の野球賭博問題から、「創業は易し 守成は難し」の中国の故事のお話と永代経の意味を話され、中国の歴史と念仏の教えの流れを絡めたお話がとても新鮮に感じました。また、阿弥陀仏の名をとなえるは、称名といい、「称」は「秤」という意味。つまり限りある「私」と限りなき救い続けている阿弥陀さまがシーソーして遊んでもらっているという喩えは、他力のはたらきを身近に感じさせていただけました。明日も奥野師です。お参り下さい。
大遠忌法要の最終日、午前中に帰敬式を行いますが、その前に青年僧侶のみなさんといっしょに『教行信証』の総序をお勤めすることになりました。今日はその打ち合わせと練習(習礼:しゅらい)を行いました。メンバーの多くが本願寺の勤式指導所で学ばれたお経の先生ですので、頼もしいかぎりです。このおつとめ「広文類作法」は、なかなか普段お唱えすることがないのですが、昔からの声明の流れを受け継いだ節で親鸞聖人のお書きになった浄土真宗の教えの大切な内容が書かれてある御文を讃嘆するものです。
なお、来月の永代経法要には、大遠忌法要のリハーサルをかねて出勤していただく予定です。